柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺

奈良も随分秋らしくなってきました
とはいえ朝夕だけで昼間は相変わらず20℃超えですが・・・
さて本題、古都奈良の秋をを思い浮かべる句として有名なのは
やはり正岡子規が詠んだ「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」でしょう。
ちょうど奈良では今、柿がたわわに実をつけています
今日はこの句についてうんちくを・・・
当然の如く子規が奈良へ旅行に訪れた際、法隆寺に立ち寄り
境内にある茶店で柿を食べている際に時を知らせる鐘が鳴り
その時に詠まれた句とされているのが王道なのですが・・・
明治34年に出版された俳誌「ホトトギス」によれば
子規が松山から東京へ向かう途中で寄り道したのが古都奈良でも
現在の奈良市中心部であり泊まったのは対山楼と記されています
対山楼は今は天平倶楽部という料理店の一角になっていますが
現在では子規の庭として整備され句碑が立っています。
この対山楼で夕食後、子規が女中さんに柿を所望したそうです。
その時に遠くの方から鐘の鳴る音が聞こえた・・・
対山楼から聞こえる鐘は、その近くにある東大寺の鐘楼の音と
推測されます。
きっと柿を剥く女中さんが障子をあけて東大寺の遠景を
見せてくれた時にこの句を考えついたのではないかと言われています
ということになると句の最後は法隆寺ではなく東大寺?って
事になりますが、東大寺は絢爛豪華であり
柿の持つ素朴さは法隆寺向きとのことで、推敲して換えたのです。
俳句の持つ独特な世界感ですねえ〜
子規は、このときの女中が忘れられず
後年「柿に思ふ奈良の旅籠の下女の顔」という句も詠んでいます。
女性関係のエピソードの少ない子規には珍しい話として伝わっています。
どうやらこちらの説の方が現実味があるように思えませんか?
そして「柿食うも今年ばかりと思いけり」というのが亡くなる1年前の句。
こうして考えると子規は相当の柿好きだったと考えられますね!
ということで今後は
「柿食えば 鐘が鳴るなり 東大寺」という事で・・・


