阪神・淡路大震災

1995年 平成7年1月17日火曜日 午前5時46分52秒
淡路島北部を震源としたM7.3の大地震が発生しました。
死者:6,437名 行方不明者:3名 負傷者:43,792名
これほど大きな災害を私が生きている間に近くで経験するとは
想像もできなかった。

私は個人的な事ではありますが、神戸近くの花市場に行くために
前日同時刻頃に阪神高速を走行中であった為に
1日違いで起きたこの大きな震災に驚くばかりだった。
もし前日の月曜日に地震がおきていれば
いったいいつになったら家族の元にたどり着いたことなのか
想像を絶するものでありました。

ここ奈良もM4程度の揺れでしたが、今までに経験したことのない
大きな揺れであったことを記憶しています。
まだ子供が4才と2才であった為に私は家族と川の字に眠っており
地震発生のほんの少し前に尿意をもよおし布団から出た瞬間の揺れで
私は、その瞬間 家が倒壊するのではないかという思いにさらされ
私が着ていた布団を取り、子供達の寝ている上に覆いかぶさりました。
眠気眼の子供達は何が起きたのか想像もつかず
私にしがみつきおびえるばかりでした。
実際、家が倒壊することはなかったのですが
タイル貼りの一部にひびが入るほどの揺れでした。
その後の報道で阪神間の災害の大きさを知り
我々組合の仲間たちの安否が非常に気になったのですが
電話も携帯もすでに繋がることもなく
ここ奈良でも地震発生日は、まともに電話が使えませんでした。

さいわい知人は無事だったのですが
5メートルくらい向こうにあったテレビがベットまで飛んできたとか
逃げようと思っても近くに靴がない為にガラスの破片だらけの床を
怪我をしながら歩いていったとか
いかに普段の生活で地震を予期しないで生きてきたかということを
痛感させられたものだった。
そんな話しを聞いてから震災の時の準備をしたり
寝室に靴を用意したりしてきたが、あれから今年で14年たつと
準備が、かなりおろそかになっている事に気付かされる
今この日を思い出し、改めて震災に対する準備をしっかりとしようと思う。

さて、このような大きな災害が起きたとき
あなたは家族を守る為に何ができますか?
私は先に書いたような事を何も考えないで偶然したのだが
以後、家族の信用度はかなり増大、
今になっても子供達は、あの時お父さんが守ってくれたもんなあ!
なんて言われます。
一方、驚いたあまりに家族を見捨て自分だけ屋外に逃げたという知人
これが原因で家族の信用なくし離婚に至ってしまった。
さあ、あなたならどうする?
普段から、しっかりと考えておきましょう!

comment

Secret

よぉく覚えていますよ!
まだ自分でお店を出したすぐのお正月明けでしたから。
関西には友人もいっぱいいたので、本当に他人事ではありませんでした。でも、大きな地震を経験していないので、当時は想像を絶するだろうという事だけで、何も出来なかった自分とボランティアに駆け付けた人達とのギャップもいっぱい感じましたよ。

H19年3月25日に能登半島地震がありました
婚礼が何件もあり、9時41分、ちょうど 4階の会場のセット中に急にシャンデリアが大きく揺れ、埃が舞い テーブルがガタガタと揺れセットされたグラスが踊り出し・・・
忘れもしません 足が動かないんです 揺れるテーブルに縋り、何が何だか訳が分からずあっ、地震なんだと分かるや否や、誰かの
危ないから早く会場から出なさい!と言う声に、這うようにとにかく皆のいるところまで移動しました 富山は震度5弱でした
その後も、余震が500回以上観測されたそうです 止まったままのエレベーターには幸い人はいませんでしたが、ウェディングドレスが閉じ込められて何時間も挙式が遅れました 最上階でのレストランウェディングは
階段で装花や資材を運んでる最中に、会場が変更になり助かりました
けが人もなく、結婚式も大幅に遅れましたが何とか行われほっとしました
とても怖い思い出です

14年!早いですね。私は仕入れの道中、父と車の中で近畿道下の中環を走行中でした。(高速が倒れているのを見てヒヤリでした。)仕入れも終わり、その時はあんなに大変なこととは・・・帰りの高速はもちろん通行止め!車内のラジオで地震の話ばかり!帰ってテレビを見て本当に怖くなりました。。。電話も繋がらなく、静岡の先輩がハガキで安否を気遣ってくれた事には本当にビックリでした。そういう気遣いもできる大人にならないといけませんね。。。合わせて、色々と普段から準備を考えておかないといけませんね。

四季の花さん

このころお店をだされたのでしたか。
地震発生直後に被災された知人に何が出来るのか私には直ぐに思いつきませんでした。
安否確認は比較的早い段階ででき無事だということはわかっていても店が全壊したと聞くと気の利いた慰めの言葉もかけられず、支援物資を持っていくにも道や鉄道が寸断されている為に個人的な支援は公的機関の邪魔になるから避けて欲しいという報道があったりして見舞金を後に渡す程度が精一杯だったのを記憶してます。
通常車で行けば1時間少々な所なのに、かなり遠い場所にいったかのように思える日々でした。

まぁ〜ちゃさん

能登半島地震、最近の事なので私もしっかりと覚えていますよ!
あの時は能登半島一部分の倒壊した家屋のみが報道され町の方では影響がなかったのかと思ったら、お仕事中にそんな大変な思いをされていたのですね!
ほんと心の中で地震があれば、あーしてこーしてなんて思ってますが実際突然揺れると何も出来ない恐いものですね。

花屋のおっさん

えー!火曜日なのに仕入れに行ってたん!
阪神高速のあのスゴさを実際に見ていると普段走っている時も恐いなあとたまに思うわ、特に新宮に行く時なんか地震おきたら、このまま崖の下に落ちてしまうんかなあ、なんて思ってたら恐くて恐くて!
普段からの準備は店や家にいてる時なら万全やけど一歩外に出ると無防備で恐いなあ!

牛タン地震家さん

宣伝ありがとうございます(笑
私も以前この記事を拝見し普段からの防災準備のすごさに感心しておりました。
報道というのは悲惨な部分だけを誇張して表現されるので、あの時は仙台の駅前を写した直後、かなり離れた山崩れした場所を写し、いかにも仙台が悲惨な状態であるかのような報道でしので驚いておりました。
お子さんが小さい時は良いですが大きくなられ家族が離れ離れの時に自宅も学校も倒壊するような大災害になった場合、無事な場合は何処に集合するか1年に1度本日確認しあう日としています。
プロフィール

花鹿男

Author:花鹿男
超個人的フラワーデザインコンテストへの思いを書き記します。
最近主旨が変わってきてますが・・・?

最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
カテゴリー
最近のトラックバック
カレンダー
10 | 2009/11 | 12
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
リンク
ブログ内検索
ジオターゲティング

ジオターゲティング
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSフィード
By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ